ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪開幕まで秒読みとなった現在、もっとも多くのファンが抱く「日本女子はメダルを取れるのか?」という問いに対し、今シーズンのデータと採点傾向に基づいた結論を先に述べたい。
- 坂本 花織:金メダル確率 85%
「ノーミスなら無敵」の構図は揺るがない。4回転ジャンプを持たずとも、演技構成点(PCS)と出来栄え点(GOE)で他を圧倒しており、自滅しない限り女王の座は盤石だ。 - 中井 亜美:メダル獲得確率 60%(色は3A次第)
トリプルアクセル(3A)が決まれば、銀〜銅メダルへの扉が開く。ショートプログラムでの出遅れを防ぎ、フリーで大技を成功させれば、海外勢の強豪と十分に渡り合える。
日本女子フィギュア界にとって、今回は「絶対女王の戴冠」と「次世代エースの誕生」が同時に訪れる、歴史的な大会となる可能性が高い。
その根拠を、両選手の「現在地」とライバル比較から徹底解剖する。

フィギュアスケート界において「25歳」は、かつて引退を考える年齢だった。
しかし、坂本花織はその常識を覆し、今なお進化の途上にある。彼女が目指すのは、トリノ(2006年荒川静香)、平昌・北京(メダル獲得)に続く、日本女子フィギュア史に輝く金字塔だ。
読者が懸念する「海外若手選手の高難度ジャンプ(4回転や3A)に勝てるのか?」という点についてだが、心配は無用だ。
現在の採点システムにおいて、坂本の武器は4回転以上の価値を生み出している。
それは、「+4、+5」が並ぶ圧倒的な出来栄え点(GOE)だ。
助走のスピードを落とさずに跳ぶジャンプは、高さ、幅ともに男子選手並み。
着氷後の流れまで完璧な彼女のダブルアクセルや3回転ルッツは、不完全に着氷された4回転ジャンプの得点を容易に上回る。
「集大成」と位置付ける今大会になる。
ロシア勢が不在となり、女子フィギュアの人気低迷が囁かれた時期、たった一人で世界王者の品格を保ち続けたプライドだ。 今季、彼女が見せているのは「大人の表現力」です。
指先の一つ一つ、目線の配り方に至るまで、音楽と一体化するスケーティングは、ジャンプ競技になりかけたフィギュアスケートを「芸術」へと引き戻した。
ライバルは他国の選手ではなく、自分自身のメンタルのみ。五輪の魔物に飲み込まれず、いつもの「かおちゃんスマイル」でリンクを降りた時、金色のメダルは必然的に彼女の首にかかるだろう。
| 日程 | 大会名 | SP | FS | 総合 | 順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2025 9/6 |
木下グループカップ (チャレンジャーS) |
65.25 (4) |
138.39 (2) |
203.64 | 2位 |
| 2025 10/18 |
GPフランス大会 (アンジェ) |
76.20 (2) |
148.03 (2) |
224.23 | 2位 (1位:中井) |
| 2025 11/8 |
GP NHK杯 (大阪) |
77.05 (1) |
150.13 (1) |
227.18 | 1位 |
| 2025 12/6 |
GPファイナル (愛知) |
69.40 (5) |
149.40 (1) |
218.80 | 3位 (1位:A.リウ/2位:中井) |
| 2025 12/21 |
全日本選手権 (会場未定) |
79.43 (1) |
154.93 (1) |
234.36 (SB) |
1位 |
※SB=シーズンベスト(全日本選手権は参考記録の場合あり)
今シーズンの坂本花織の道のりは、決して平坦ではなかった。
「五輪連覇」の重圧か、あるいは勤続疲労か。シーズン序盤のチャレンジャーシリーズで2位発進となると、続くグランプリシリーズ・フランス大会では、シニアデビューを果たしたばかりの中井亜美に逆転を許し、まさかの2位に終わった。
かつてない「国内ライバルへの敗北」は、絶対女王の歯車をわずかに狂わせた。
その動揺がピークに達したのが、12月のグランプリファイナルだ。
ショートプログラム(SP)でジャンプのミスが響き、屈辱の5位発進。しかし、ここで終わらないのが女王たる所以である。
翌日のフリーでは、鬼気迫る演技で全体1位のスコアを叩き出し、総合3位まで順位を押し上げた。
優勝こそ復帰勢のアリサ・リウ(米)に譲ったものの、フリーで見せた爆発力は世界に衝撃を与えた。
そして迎えた年末の全日本選手権です。迷いを断ち切った坂本は、SP・フリーともに他を寄せ付けない圧巻の演技を披露しました。
シーズンベストとなる234.36点をマークし、五輪本番へ向けて強烈な“回答”を示してみせた。苦しんだ末に掴んだこのスコアこそが、金メダルへの確かな通行手形となるだろう。

坂本が「守り抜く強さ」なら、初出場の中井亜美は「奪いに行く強さ」だ。
彼女の代名詞であるトリプルアクセル(3A)だ。この大技が、ミラノでのメダルの色を決定づける。
中井への最大の注目点は、「ショートとフリー、どの構成で挑むか」にある。
3Aは基礎点8.00の高得点ジャンプだが、失敗すれば大きく減点されるリスクを伴う。
しかし、近年の女子フィギュアは、米国勢(イザボー・レビトら)や韓国勢の安定感が凄まじく、通常の3回転ジャンプ構成だけでは、表彰台の一角に食い込むのが難しくなりつつある。
「置きに行く演技」で4位・5位に終わるか、リスクを冒して「メダル」を狙うか。中井陣営の選択は明白だ。彼女の強心臓は、大舞台であればあるほど力を発揮する。
ファンがGoogle検索で気にかけている「回転不足(qマーク)」の判定だ。
ここが勝負の分かれ目となる。 中井のジャンプはコンパクトで回転が速いが、緊張すると着氷が詰まる癖がある。
審判の目が厳しくなる五輪の舞台で、いかにクリーンに降りられるか。鍵を握るのは、ジャンプ前のトランジション(つなぎ)の工夫と、スピードだ。 若さゆえの「勢い」は、時にベテラン勢の緻密な計算を凌駕する。
中井亜美が3Aを着氷した瞬間、会場の空気は一変し、日本勢ダブル表彰台への道が一気に拓けるはずだ。
| 日程 | 大会名 | SP | FS | 総合 | 順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2025 9/11 |
ロンバルディア杯 (チャレンジャーS) |
68.30 | 137.74 | 206.04 | 2位 |
| 2025 10/17 |
GPフランス大会 (アンジェ) |
78.00 (1) |
149.08 (1) |
227.08 (PB) |
1位 (2位:坂本) |
| 2025 10/31 |
GPスケートカナダ (サスカトゥーン) |
66.55 (4) |
136.54 (3) |
203.09 | 3位 |
| 2025 12/4 |
GPファイナル (名古屋) |
73.91 (3) |
146.98 (2) |
220.89 | 2位 (3位:坂本) |
| 2025 12/18 |
全日本選手権 (東京) |
77.50 (3) |
136.06 (7) |
213.56 | 4位 |
| 2026 1/21 |
四大陸選手権 (北京) |
73.83 (1) |
141.95 (2) |
215.78 | 2位 |
※GPフランスとファイナルで坂本選手に先着。四大陸選手権で銀メダル獲得(2026年1月25日終了時点)。
今シーズンの中井亜美は、まさに「台風の目」として世界を席巻している。
圧巻だったのは12月のグランプリファイナル(名古屋)だ。ショートプログラムで好位置につけると、フリーでは大技トリプルアクセルを含む構成をまとめ上げ、トータル220.89点をマークしました。
優勝したアリサ・リウ(米)には及ばなかったものの、絶対女王・坂本花織(3位)を上回る銀メダルを獲得し、その実力が世界トップレベルであることを証明した。
続く全日本選手権では、連戦の疲労からかフリーで得点を伸ばせず4位。惜しくも表彰台を逃したが、彼女の闘志は消えていなかった。
年が明けた1月の四大陸選手権(北京)。五輪の前哨戦とも言えるこの大舞台で、彼女は再び輝きを取り戻す。
ショート・フリーともに安定した演技で215.78点を叩き出し、堂々の2位(銀メダル)。 全日本での「4位」という悔しさを、国際大会のメダルですぐさま払拭してみせた修正能力こそが、ミラノ五輪でのメダル獲得を現実味のあるものにしている。

メダル争いのライバルとなるのは、米国勢、そして中立の旗の下で参戦する“あの選手”だ。
今大会、メダル争いのシナリオを根底から覆しかねない最大のジョーカーが、個人の中立選手(AIN)として出場するロシアのアデリア・ペトロシアンだ。
彼女の評価は、見るデータによって180度変わる。
昨年9月、北京で行われた五輪予選大会。久しぶりに国際大会のリンクに立った彼女は、優勝こそ果たしたものの、スコアは209.63点にとどまった。ジャンプのミスが響き、坂本花織や中井亜美のベストスコアを下回るこの数字に、一時は「ロシアの魔法は解けた」との声も囁かれた。
しかし、その油断はわずか3ヶ月後に打ち砕かれる。 12月のロシア選手権(サンクトペテルブルク)。母国のリンクに戻った彼女は、女子では不可能と言われる構成(3A、4回転フリップ2本)を完璧に遂行し、262.92点という驚愕のスコアを叩き出したのだ。
国際大会の厳格な採点での「209点」が真実なのか、それとも国内で見せた「262点」こそが本領なのか。もし後者がミラノで再現された場合、日本勢が積み上げてきた金メダルへの計算は、すべて白紙に戻ることになる。
| 日程 | 大会名 | SP | FS | 総合 | 順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2025 9/20 |
ミラノ五輪予選大会 (北京/AIN参加) |
68.72 (1) |
140.91 (1) |
209.63 | 1位 |
| 2025 11/17 |
ロシアGP 第4戦 (モスクワ) |
— | — | 251.57 | 1位 |
| 2025 12/20 |
ロシア選手権2026 (サンクトペテルブルク) |
— | — | 262.92 (国内参考) |
1位 |
※データ出典:Wikipedia英語版、The Armenian Report
優雅な表現力と安定感で高得点を叩き出すレビト。
坂本にとってはPCS(演技構成点)で競り合う好敵手だが、ジャンプのダイナミックさでは坂本に分がある。
中井にとっては、3Aを決めて技術点(TES)で突き放したい相手だ。
レビトがノーミスで演技を終えた場合、中井は小さなミスも許されない。ここで「3Aの貯金」が効いてくる。
| 日程 | 大会名 | SP | FS | 総合 | 順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2025 8/10 |
クランベリー杯 (ボストン) |
— | — | — | 1位 |
| 2025 9/20 |
ネーベルホルン杯 (ドイツ) |
— | — | — | 4位 |
| 2025 10/18 |
GPフランス大会 (アンジェ) |
73.37 (3) |
139.34 | 212.71 | 4位 |
| 2025 11/2 |
GPスケートカナダ (サスカトゥーン) |
71.80 (推計) |
137.97 | 209.77 | 2位 |
| 2026 1/25 |
全米選手権 (フィラデルフィア) |
75.72 (SB) |
148.73 (SB) |
224.45 | 3位 (1位:Glenn/2位:Liu) |
※GPシリーズは4位・2位の結果となり、ファイナル進出は逃しています。
今シーズン、アリサ・リウの進化は止まらない。
12月のグランプリファイナル(名古屋)では、SP・フリーともに安定した演技でシーズンベストの222.49点をマーク。中井亜美(2位)、坂本花織(3位)ら日米のトップ選手を抑え、復帰シーズンにして初の金メダルを獲得した。
そして年明け1月、セントルイスで開催された全米選手権で伝説となった。
ショートプログラムで、リウは全米史上でも稀な81.11点という高得点を叩き出し、同じく80点台を出したアンバー・グレン(83.05点)と一騎打ちの様相を呈した。
フリーでも観客を熱狂させる演技を見せたが、最終順位は2位(銀メダル)。
しかし、3位のイザボー・レビトが224点台というハイレベルな争いの中で勝ち取ったこの銀メダルは、ミラノ五輪での「金」への期待を確固たるものにしている。
| 日程 | 大会名 | SP | FS | 総合 | 順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2025 9/11-14 |
CS ロンバルディア杯 (ベルガモ) |
69.62 (1) |
128.22 (5) |
197.84 | 4位 |
| 2025 10/24-26 |
GP 中国杯 (重慶) |
74.61 (1) |
137.46 (2) |
212.07 | 2位 |
| 2025 11/13-16 |
GP スケートアメリカ (レークプラシッド) |
73.73 (2) |
140.54 (1) |
214.27 | 1位 |
| 2025 12/4-7 |
GP ファイナル (名古屋) |
75.79 (2) |
146.70 (3) |
222.49 | 1位 |
| 2026 1/4-11 |
全米選手権 (セントルイス) |
81.11 (2) |
147.80 (3) |
228.91 | 2位 |
※各得点の下の( )は順位。
今大会の見どころは、単なるメダル争いにとどまらない。長年、日本女子を牽引してきた坂本花織から、次世代を担う中井亜美へ。エースのバトンが渡される、象徴的な大会になる。
坂本花織は、自らのスケート人生を全てぶつけ、誰にも文句を言わせない完全優勝で「伝説」になる準備ができている。
中井亜美は、偉大な先輩の背中を追いかけながら、その爆発力で世界に新時代の到来を告げるだろう。
2026年2月。ミラノの銀盤で君が代が流れる確率は極めて高い。 私たちが目撃するのは、一つの時代の終わりと、新しい時代の始まり。その中心には、間違いなくこの二人の日本人スケーターがいる。




