「日本は観光立国を目指す」。ニュースや政策でこの言葉を聞かない日はありません。 確かに街を歩けば外国人観光客で溢れかえり、ホテルは高騰しています。肌感覚としては完全に「観光大国」になったように感じます。
しかし、冷静にデータを見たとき、日本は本当に「観光で国が立っている(=経済を支えている)」と言えるのでしょうか?
今回は、以下の疑問について、複数のデータを用いて多角的に検証(採点)してみました。
- 産業として見たとき、観光業は日本で何位の実力なのか?
- 実際に観光業で働いている人は何人いるのか?
- 本当に「立国」と言えるレベルなのか?
結論から言えば、日本は「観光『人気』国にはなったが、観光『経済』立国にはなりきれていない」という実態が見えてきました。
| 順位 | 国名 | WEF評価スコア (7点満点) |
|---|---|---|
| 1 | 🇺🇸 米国 | 5.24 |
| 2 | 🇪🇸 スペイン | 5.18 |
| 3 | 🇯🇵 日本 | 5.09 |
| 4 | 🇫🇷 フランス | 5.07 |
| 5 | 🇦🇺 オーストラリア | 5.00 |
ご覧の通り、日本は世界3位という素晴らしい評価を受けています。これだけ見れば、文句なしの観光立国に見えますよね。
しかし、ここに『実際の観光客数』というフィルターを通すと、少し違った景色が見えてきます。
| 順位 | 国名 | 外国人観光客数 (2024年実績) |
|---|---|---|
| 1 | 🇫🇷 フランス | 約 1億200万人 |
| 2 | 🇪🇸 スペイン | 約 9,380万人 |
| 3 | 🇺🇸 米国 | 約 7,240万人 |
| … | (中国・トルコ・イタリア・メキシコ等が続く) | – |
| 8 | 🇬🇧 イギリス | 約 4,180万人 |
| 9 | 🇩🇪 ドイツ | 約 3,750万人 |
| 10 | 🇯🇵 日本 |
3,690万人 (※2025年は4,200万人超) |
| 11 | 🇬🇷 ギリシャ | 約 3,600万人 |
| 12 | 🇹🇭 タイ | 約 3,550万人 |
※世界比較のため2024年の確定値を基準に順位付け。日本は2025年に4,200万人を突破しており、さらに順位を上げている可能性があります。
先ほどの表では『世界3位』でしたが、実際の3690万人でランキングを作り直すと、現実はこうなります。
1位のフランスはなんと約1億人200万人です。 対する日本はトップとはまだ3倍以上の『壁』があります。
つまり、日本は『評価(ポテンシャル)』は世界トップレベルなのに、『実数(稼ぎ)』がそれに追いついていない状態と言えるのです。
人気はあるけど、まだ本当のトップにはなれていないのが現状です。
日本の産業ランキングで何位なのか?
これには2つの見方があります。「外貨を稼ぐ力(輸出)」と「国内経済の規模(GDP)」です。ここに大きなギャップがあります。
| 順位 | 産業名(輸出品目) | 輸出規模 (2024年実績) |
|---|---|---|
| 1 | 🚗 自動車 (完成車・トラック等) |
約 17.9兆円 |
| 2 | ✈️ インバウンド観光 (外国人旅行消費額) |
8兆1,257億円 (前年比 53%増) |
| 3 | 💾 半導体等電子部品 | 約 5.6兆円 |
| 4 | 🏗️ 鉄鋼 | 約 4.5兆円 |
| 5 | ⚙️ 原動機 | 約 3.5兆円 |
※観光は「サービスの輸出」として、モノの輸出額と比較。
インバウンド消費額(外国人が日本で落とすお金)を「輸出」と捉えると、その規模は約8兆円(2024年推計)。 これは、不動の王者である**「自動車産業」に次ぐ国内第2位**の規模です。
かつての稼ぎ頭だった半導体や鉄鋼、電子部品よりも、今や観光の方が外貨を稼いでいます。
主要輸出産業とインバウンド消費額の推移
(2019年〜2024年)
出典:財務省「貿易統計」、観光庁「訪日外国人消費動向調査」より作成
※2024年は確報値ベース。インバウンドは旅行消費額、その他は輸出金額。
上のグラフをご覧ください。これは日本の主要な輸出産業の金額推移を比較したものです。 注目していただきたいのは、赤い線(インバウンド観光)の動きです。
日本の「お家芸」を抜き去る 最も象徴的なのが、2023年から2024年にかけてのクロスポイント(交差)です。
かつて「産業のコメ」と呼ばれ日本経済を支えた「半導体等電子部品(青線)」や、高度成長期を牽引した「鉄鋼(紺線)」を、観光がついに追い抜きました。
これは、「モノづくり大国ニッポン」から、サービスで稼ぐ国へと産業構造が転換したことを示す決定的な証拠です。
それでも遠い「自動車」の背中 しかし、手放しで喜べない現実もここにあります。 一番上を走る「自動車産業(グレー線)」の17.9兆円と比較すると、観光は急成長したとはいえ、まだ半分以下の規模です。
観光はもはや「おまけ」の産業ではありません。しかし、自動車と並ぶ「経済の2本目の柱(ツインエンジン)」になるためには、今の倍の規模(15兆円〜)を目指す必要があるのです。
GDPに占める観光産業の直接寄与率
(主要国・地域との比較)
出典:OECD Tourism Trends and Policies 等のデータを基に作成
※各国の経済規模に対する観光産業(直接効果)の比率目安。
一方で、国内総生産(GDP)に占める観光の割合で見ると、日本は約2.0%。 これはG7平均(約4%)よりも低く、真の観光立国と呼ばれるスペイン(約12%)やフランス(約7%)と比較すると、まだまだ「国の屋台骨」とは言えません。
分母(国の経済規模)が桁違いに大きい
パーセント(%)を計算するときの「分母」となるのが、国のGDP(国内総生産)です。 日本は世界4位の経済大国であり、その経済規模はスペインの約3倍、フランスの約1.5倍もあります。
- 日本の経済規模(分母): 非常に大きい
- スペインの経済規模(分母): 日本の3分の1くらい
分母が巨大なため、同じ「1兆円」を稼いだとしても、日本の方がパーセント(%)は小さく計算されてしまいます。
2. 「ライバル産業」が強すぎる
日本の国内には、観光業以外にも世界トップレベルの「稼ぎ頭」がたくさんいます。
- 自動車産業(トヨタ、ホンダなど)
- 機械・ロボット産業(ファナック、安川電機など)
- 素材・化学産業(鉄鋼、半導体材料など)
- コンテンツ産業(アニメ、ゲームなど)
これらの産業が毎年巨額の利益を上げているため、グラフにしたときに観光業のスペースが相対的に圧迫されてしまいます。 一方、スペインなどは、自動車などの製造業も持っていますが、日本ほど圧倒的な規模ではないため、相対的に観光業の存在感が大きくなります。
3. 「一本足」か「多角的」かの違い
この違いは、国の稼ぎ方のスタイルの違いとも言えます。
- 観光立国(スペイン型): 観光が国のメインエンジンの一つ。観光がコケると国全体のダメージが大きい。
- 産業大国(日本型): 自動車、機械、IT、そして観光と、稼ぐエンジンが複数ある「多角的」な構造。
日本のGDP比率(2%)が低いのは、観光が弱いからではありません。
「観光と同じくらい、あるいはそれ以上に稼ぐ産業が国内にゴロゴロあるから」です。
これは、日本が単なる観光地ではなく、厚みのある産業国家であることの証明でもあります。
旅行業界で働いている人は何人いるのか? これも定義によって数字が大きく変わりますが、その「幅」にこそ問題の本質があります。
| 規模順位 | 産業分類 | 就業者数 (推計値) |
|---|---|---|
| 1 | 🏭 製造業 (トヨタ・ソニー等) |
約 1,050万人 |
| 2 | 🏪 卸売・小売業 (商社・スーパー・コンビニ等) |
約 1,030万人 |
| 3 | 🏥 医療・福祉 | 約 927万人 |
| 4 | 🚧 建設業 | 約 480万人 |
| 5 | 💻 情報通信業 (IT・テレビ局等) |
約 300万人 |
| … | (金融・保険、不動産などが続く) | – |
| 参考 | 🏠 不動産業・物品賃貸 | 約 130万人 |
| 圏外 | ✈️ 旅行業(狭義) (旅行代理店・ツアー会社) |
約 12万人 (不動産業の1/10以下) |
※「旅行業」は生活関連サービス業の中の細分類として推計。
実際に旅行プランを作って売っている「旅行会社の人」JTBやHISなど、いわゆる旅行会社で働く人々は12万人しかいません。
産業別で見ると圏外の扱いになります。
| 実質順位 | 産業分野 | 就業者数 (規模目安) |
|---|---|---|
| 1 | 🏭 製造業 (モノづくり全般) |
約 1,050万人 |
| 2 | 🏪 卸売・小売業 | 約 1,030万人 |
| 3 | 🏥 医療・福祉 | 約 927万人 |
| 4 | ✈️ 観光関連産業(広義) (宿泊・飲食・交通・土産等) |
約 900万人 (全就業者の約13%) |
| 5 | 🚧 建設業 | 約 480万人 |
| 6 | 💻 情報通信業 | 約 300万人 |
※観光関連産業は複数の産業(飲食、宿泊、旅客運輸など)に跨る従事者を合算した推計値として比較。
普段の統計では「サービス業」や「運輸業」に分散して見えにくいですが、かき集めると900万人。これは建設業(480万人)の約2倍、情報通信業(300万人)の約3倍という途方もない規模です。
宿泊、交通、飲食、お土産製造など、観光の恩恵を受ける裾野まで含めると、なんと日本の就業者の約10人に1人以上が関わっている計算になります。
| 年収順位 | 業種名 | 平均年収 (平均年齢) |
|---|---|---|
| 1 | ⚡ 電気・ガス・水道業 | 約 758万円 |
| 2 | 🏦 金融業・保険業 | 約 656万円 |
| 3 | 💻 情報通信業 (IT・マスコミ等) |
約 642万円 |
| 4 | 🏭 製造業 (メーカー等) |
約 538万円 |
| 平均 | 🇯🇵 日本の全産業平均 | 約 460万円 |
| … | (小売、運輸、医療福祉などが続く) | – |
| 最下位 | 🏨 宿泊業・飲食サービス業 (観光産業の中核) |
約 278万円 (全産業平均の約6割) |
※業種別平均給与のデータを基にランキング化。
観光の中核を担う「宿泊・飲食」の年収は278万円。これは統計区分上の全14業種の中で、ぶっちぎりの最下位です。
全産業平均(460万円)より約200万円も低く、トップの電気・ガス(758万円)と比較すると3分の1近い水準です。
900万人も働いている産業が、全業種で一番稼げない。これでは日本経済が豊かになるはずがない
- 人気(規模): 文句なしの一流(◎)
- 観光客数:世界10位でそこまで多くない(△)
- 外貨獲得(輸出): 自動車に次ぐ2位へ成長(○)
- GDP貢献度: 世界標準より低い(△)
- 労働人数:産業分野4位の900万人(〇)
- 労働環境: 多くの人を雇用するが、生産性に課題(×)
こうして見ると、日本は現状、「観光客数大国」ではありますが、経済構造まで含めた「真の観光立国」にはなりきれていないと言えます。
「人が来る」というフェーズ(第1段階)はクリアしました。
これからの課題は、「数」を追うことではなく、産業としての「質」を高め、GDPや働く人の給与に還元される「稼げる産業」への転換(第2段階)ができるかどうかです。
「おもてなし」という精神論だけでなく、システムとしての「観光立国」になれるのか。ここから数年が、日本の正念場になりそうです。
今回データで検証した「日本の観光業はなぜ生産性が低いのか」「どうすれば給与が上がる産業になるのか」という問いに対し、経済アナリストの視点から明確な答えと処方箋を示した一冊です。
単なる「おもてなし論」ではなく、産業としての構造改革に踏み込んだ内容は、今の日本の現状を理解する上で非常に良い補助線になります。
記事内のデータを見て「もっと稼げる国になるべきだ」と感じた方や、これからの観光戦略の理論的根拠を知りたい方には、特におすすめです。


