近年、中国とロシアの海軍艦艇による日本の排他的経済水域(EEZ)内での実戦演習や共同行動が、新たな安全保障上の懸念として常態化しつつあります。
本記事では、過去に行われた中ロ合同演習のデータ推移と、アジアの海洋防衛を規定する「第一列島線」の地理的構造を分析します。
過去の事例との比較分析を通じて、EEZ演習の裏側に隠された両国の戦略的意図を明らかにしていきます。
日本のEEZ内における中ロ海軍の活動を評価する際、直近の事象のみを切り取ると本質を見誤るリスクがあります。
過去数年間のデータを時系列で比較すると、両国の軍事連携が突発的なものではなく、計画的かつ段階的に活動のフェーズを引き上げてきた構造が浮かび上がります。
両国の軍事連携が本格化した2019年以降の主要な共同行動を抽出し、その海域と演習の性質(目的)を時系列で整理しました。
| 実施時期 | 事案の概要 | 主な海域・空域 | 演習の性質とフェーズ | 参考文献・出典URL |
|---|---|---|---|---|
| 2019年7月 | 初の中ロ共同警戒監視活動 | 日本海〜東シナ海 | 【空軍連携】爆撃機による共同飛行。連携の端緒。 | 防衛研究所コメンタリー(PDF) |
| 2021年10月 | 初の中ロ海軍による共同巡航 | 日本列島を周回 | 【海軍の示威行動】計10隻による公海航行。政治的プレゼンスの誇示。 | 統合幕僚監部 報道発表資料(PDF) |
| 2022年9月 | 戦略的軍事演習「ボストーク」連動 | 日本海・オホーツク海 | 【戦術連携の開始】共同での砲撃訓練など、実働的な訓練への移行。 | 防衛省 中露軍事連携の概観(PDF) |
| 2023年7月 | 海軍合同演習「北部・連合2023」 | 日本海中部 | 【作戦統合の深化】通信網の共有、陣形変更、対潜水艦作戦の高度化。 | 防衛省 中露軍事連携の概観(PDF) |
| 2024年7月 | 海上連合2024 / 太平洋パトロール | 北太平洋・南シナ海 | 【活動海域の広域化】より広範囲な海域での実弾射撃・連携テスト。 | 防衛省 中露軍事連携の概観(PDF) |
| 2026年7月 | 中ロ海軍による実戦演習 | 日本のEEZ内 | 【実戦化・領域のテスト】他国権益水域内での戦闘シミュレーション。 | 防衛相 基調講演(報道速報) |
上記のデータ推移から読み取れるのは、両国の軍事行動が単なる「友好関係のアピール」から「実戦を想定した共同作戦能力の構築」へと質的に変化している事実です。
2021年に初めて実施された日本列島周回などの「共同巡航」は、あくまで国際法で認められた公海の航行の自由を前提とした政治的な示威行動でした。
しかし、2023年以降の演習データを比較分析すると、単に船を並べて航行する段階を終え、通信システムの相互接続や戦術データの共有といった、より複雑な軍事オペレーションの統合が進んでいることが確認できます。
この歴史的推移を踏まえると、今回の「EEZ内での実戦演習」は特異な位置づけとなります。
自国の沿岸から離れた他国の排他的経済水域において、両軍が連携して戦闘シミュレーションを行うことは、有事における作戦展開能力のテストに他なりません。
つまり、今回の事態は一過性のニュースではなく、数年をかけて海域の拡大と戦術の共有を進めてきた結果としての「必然的なエスカレーション」と評価するべき構造が存在しています。

中ロ両海軍が演習海域としてあえて「日本のEEZ(排他的経済水域)」を意図的に選択している背景には、単なる地理的要因だけでなく、国際法における巧妙な「グレーゾーン」の利用が存在します。
ニュースでは「EEZ内での軍事演習」という事実のみが報じられますが、なぜこれが防衛相による異例の言及に繋がるのか。
その本質を理解するためには、国連海洋法条約(UNCLOS)が抱える構造的な矛盾と、過去の特異事案との比較分析が不可欠です。
事象を客観的に評価する上で、まず「領海」と「EEZ」における他国軍艦の法的な位置づけの違いを整理する必要があります。
- 領海(沿岸から12海里・約22km以内): 沿岸国の主権が完全に及ぶ領域。他国の艦船であっても「無害通航(沿岸国の平和や安全を害さない単なる通過)」は認められていますが、兵器の使用や軍事演習は明確な国際法違反となります。
- EEZ(沿岸から200海里・約370km以内): 沿岸国が水産資源や海底鉱物資源の探査・開発に関する「主権的権利」を持つ水域。しかし、他国の船舶に対しては公海と同様に「航行の自由」や「上空飛行の自由」が認められています。
中ロ両国は、この国連海洋法条約における「航行の自由」を独自の解釈で拡大し、「EEZ内であっても公海と同等に軍事訓練を行う権利がある」という論理を盾にとっています。
ここで構造的な問題として浮き彫りになるのが、中国の法解釈におけるダブルスタンダード(二重基準)です。
米国は国際法上「他国のEEZ内での軍事演習は(航行の自由の一環として)認められる」という立場をとっており、実際に公海や各国のEEZで活動しています。しかし中国はこれまで、自国のEEZ内で米軍が活動することに対しては「安全保障上の脅威だ」と強硬に反発してきました。
それにもかかわらず、日本のEEZ内では「航行の自由」を主張して実戦演習を強行しています。この都合の良い法の解釈に基づく「法の空白(グレーゾーン)」こそが、中ロが軍事的プレゼンスを拡大するための実験場として機能してしまっているのが実態です。
では、今回の「実戦演習」は、過去に日本のEEZ内で発生した特異事案と比較して、どの程度フェーズが異なるのでしょうか。過去の主要な事例から脅威の度合いを測ります。
| フェーズ(段階) | 主な事案 | 活動の目的と性質 |
|---|---|---|
| ① データ収集 (軍事作戦の準備) |
情報収集艦(測量艦)による頻繁な航行 ※屋久島周辺などの領海付近含む |
有事に自国の潜水艦を安全に航行させるため、海底の地形や水温・塩分濃度といった「海洋データ」を収集。軍事作戦の準備段階にあたる基礎的な行動。 |
| ② 政治的牽制 (遠距離攻撃の誇示) |
弾道ミサイルの着弾 ※2022年8月(沖縄県・波照間島南のEEZ内) |
当時のペロシ米下院議長の台湾訪問への反発。台湾と日本に対する「いつでも攻撃可能である」という強烈な政治的シグナル(示威行為)としての側面が強い。 |
| ③ 作戦遂行 (実働的な戦術展開) |
中ロ海軍による「実戦演習」 ※2026年7月 |
①のデータ収集や②の遠距離からの攻撃誇示とは異なり、他国の権益水域内に二カ国の艦隊を実際に展開させ、共同で戦闘シミュレーションを行った事案。脅威の度合いが明白に一段階引き上げられている。 |
これは単なるメッセージの発信にとどまらず、有事の際に日本列島周辺の海域で日米の艦隊や航空機と直接対峙するための「実務的な予行演習」を意味します。
つまり、脅威の度合いが「将来的な可能性」から「実働的な戦術展開」へと明確に一段階引き上げられたことを示唆する構造的なデータと言えるのです。
中ロ海軍が日本のEEZ内で実戦演習を行う最大の理由は、単なる日本への嫌がらせではありません。
彼らの視線の先にあるのは、アジアの海洋安全保障を根底から規定している地理的防衛ライン、すなわち「第一列島線」の突破と無力化です。
第一列島線とは、中国が自国の安全保障と海洋進出の絶対的な目安として設定している戦略的な防衛ラインです。具体的には、日本の九州から始まり、南西諸島(沖縄)、台湾、フィリピン、そしてボルネオ島へと至る島々の連なりを指します。
地政学的な観点から見れば、この列島線は中国の海軍力を東シナ海や南シナ海に封じ込める「巨大な蓋」として機能しています。
中国が真の「外洋海軍(ブルーウォーター・ネイビー)」として太平洋に展開するためには、有事の際に日米同盟によって封鎖されうるこの列島線の隙間(チョークポイント)を、いつでも安全に通過できる能力を証明しなければなりません。
今回の日本のEEZ内での実戦演習は、まさにこの「蓋」をこじ開け、列島線周辺の制海権・制空権を掌握するためのシミュレーションであると位置づけられます。
過去の中ロ海軍の活動データを時系列でマッピングすると、ある明確な事実が浮かび上がります。それは、第一列島線を突破して太平洋側へ抜けるルートの通過が、「例外的な特異事案」から「定例的な軍事行動」へと構造的に変化しているという点です。
艦隊の航跡データが集中している主要なチョークポイント(海峡)は以下の通りです。
- 宮古海峡(沖縄本島と宮古島の間): 第一列島線のなかで最も幅が広く、中国海軍が太平洋へ抜けるための最重要ルート。かつてはここを中国艦艇が通過するだけで大々的に報じられましたが、現在では空母打撃群を含めた大規模な艦隊が頻繁に往来し、完全に「定例化」しています。
- 津軽海峡・大隅海峡: 日本列島を分断するように位置するこれらの海峡は「特定海域(国際海峡)」に指定されており、公海部分を他国の軍艦が通行することが法的に可能です。中ロ艦隊はここを意図的に通過することで、「我々は日本列島をいつでも分断・迂回できる」という戦術的な柔軟性を誇示しています。
活動エリアが東シナ海の沿岸部から、第一列島線の外側(フィリピン海や西太平洋)へと着実に押し出されています。これは、演習の目的が「沿岸防衛」から「太平洋での作戦展開」へと完全に移行したことを示す動かぬ証拠です。
ここで、地政学におけるもう一つの重要な疑問が生じます。
現在、ウクライナ情勢で欧州方面にリソースを割かれているはずのロシアが、なぜ極東地域で中国の太平洋進出にこれほどまで同調し、共同演習を繰り返すのでしょうか。
その答えは、ロシア極東艦隊(ウラジオストクを拠点とする太平洋艦隊)が抱える「太平洋への出口の少なさ」という構造的弱点にあります。
ロシアの艦艇が太平洋に出るためには、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡など、日本列島に挟まれた狭い海峡のいずれかを通らざるを得ません。地理的に「日本に封じ込められている」という点において、ロシアと中国は全く同じ安全保障上のジレンマを抱えているのです。
この両国が連携する戦略的メリット(補完関係)は極めて合理的です。
- ロシア側のメリット: 強力な軍事力と経済力を持つ中国海軍と連携することで、自国単独では困難な太平洋・南シナ海でのプレゼンス(存在感)を維持し、日米の軍事リソースを極東に分散させることができる。
- 中国側のメリット: 実戦経験が豊富で核戦力を持つロシアと共同行動をとることで、日米同盟に対する牽制効果を何倍にも高め、第一列島線突破の確実性を底上げできる。
中ロの合同演習は、単なる「友好国のパフォーマンス」ではありません。
自国の地理的な制約を補い合い、太平洋における日米の優位性を切り崩すための、極めて冷徹で計算された戦略的互恵関係(同盟に近い連携)へと変貌を遂げているのです。
2026年7月に明らかになった中ロ海軍による日本のEEZ内での実戦演習は、決して突発的な出来事ではありません。本記事で比較・分析してきた過去のデータや地理的構造から、以下の3つの重要な事実が浮かび上がります。
- 段階的なエスカレーション(第1章): 2019年からのデータ推移が示す通り、両国の共同活動は単なる「示威行動」から、他国の権益水域での「実戦を想定した戦術展開」へと明確にフェーズが引き上げられています。
- 法のグレーゾーンの意図的な利用(第2章): 国際法上の「航行の自由」を独自の解釈で拡大し、中国側のダブルスタンダードを孕みながらも、沿岸国(日本)の安全保障を合法的に揺さぶる実験場としてEEZが利用されています。
- 第一列島線の突破と中ロの補完関係(第3章): 太平洋への出口を確保したいロシア極東艦隊と、第一列島線を突破したい中国海軍の戦略的利害が一致し、日本周辺のチョークポイント(海峡)の通過を定例化・実戦化させています。
今後、日本の安全保障環境はさらに複雑な局面に立たされることが予想されます。今回のように過去のデータ推移や第一列島線といった構造的な視点を持ってニュースの背景を深掘りしていくことが、国際情勢の真の狙いを正確に読み解く鍵となるでしょう。
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